2021年9月24日金曜日

2021年の夏



2021年、今年の夏はなんだかとても辛い夏でした。

7月15日、コーネリアスの小山田くんを含めた東京2020オリンピック開閉会式の制作・演出チームが発表されるやいなや、
27年前に刊行された音楽雑誌などで彼が語ったとされるインタビュー記事が取りざたされ、
あれよあれよと言う間に燃え上がり、小山田くんは全ての仕事をキャンセルされました。
・・・この騒動が常にあたまから離れなくて、この夏はずーっと沈んだ気分で過ごすことになったのです。

小山田くんがキャンセルされたのは私が知っているだけも
・オリンピック・パラリンピック開閉会式の音楽制作チームからの辞任
・メンバーの一人として活動する「METAFIVE」のライブ中止とアルバムの発売中止
   ライブはコロナウィルス感染拡大の影響を鑑み、という理由でしたが・・・どうでしょう?
   アルバムはメンバーの意向ではない(上層部の意向で決まった)と、ラジオでまりんが話していました。
・フジロックの出演辞退
   「コーネリアス」は出演辞退
   「METAFIVE」はメンバー6人の中からまりんとLEO今井の2人とサポートメンバーの特別編成で出演
   (そのステージは、それはそれはとても素晴らしく。強い意思を感じるスゴイものでした。)
・NHK「デザインあ」の放送休止
・テレビ東京ドラマ「サ道」の主題歌の差し替え
・編曲を担当した静岡市のPRソングの利用停止
・ラジオ番組の終了(「コーネリアス」のFM京都、「METAFIVE」のInterFM897)
・WEB媒体のインタビューなども、削除され無かったことにされているものが、幾つかあるようです。
とても幅広い仕事をしているので実際には発表されていない仕事のキャンセルも多くあったのかもしれません。涙


どうして、この小山田くんのキャンセルで私が辛くなるか?
それは・・・じゃじゃん!小山田くんは私の「アイドル」だからです!(永遠に!)笑
高校生のころにフリッパーズギターを知り、いい!と思ったらスグ解散・・・涙
その後、高校を卒業したタイミングでちょうどコーネリアスとしての活動が始まり、
待ってました!!!と、もう、夢中になりましたよね。あの頃、ほんと渋谷へはよく行きました。(関係ないか。笑)
たしか、高校を卒業した春休み、深夜に「猿の惑星」が連日放送されていて、
私も見るともなくテレビをつけていたんですよね・・・夜更かしできるのが嬉しくて。笑
そして小山田くんもそれをみていてコーネリアスという名前をつけたとどこかで知って「わぁ」と思ったような。(うろ覚え)
それから大学生のころはHMV行ってみたり、Xgirlのお洋服はビームスに少ししかなくて、必死に探したり。
ライブも行きました(まわりにファンがいなかったのでいつも一人で。涙)。そのときのTシャツ、1枚だけ今なぜか手元にありました。27年ものあいだ、(結婚も含めて)引っ越しも多く、雑誌やグッズはほとんど実家にあるのに。なぜ引っ越しのたびに持ってきていたのだろう(まったく着ていないのに!笑)
そうそう、ボディショップのホワイトムスクもつけてました!カヒミカリィが雑誌のアンケートで愛用していると見たので。笑
つまり、その頃、音楽からファッションからすべて小山田くん(や、その周りにいる人たち)に影響されていたのです。

が、時間が有り余っていた学生時代から、私も社会人になり、自分の周りに起きることに対処するので精一杯で
だんだんと熱心に音楽を聴いたり、その活動を追ったりすることもなくなり・・・。
気づけば小山田くんの活動の幅もめっちゃ広くなって
(キムタクのアルバムに参加するというニュースを目にした時は驚いたし、いつの間にか布袋さんとも仕事をしていた・・・笑)、
コーネリアス名義のアルバムは聴いていましたがそれについてのインタビューを追ったりすることもなく、コーネリアス以外のものは聴いていないものも多い。
ライブは2002年のフジロックが最後だったと思います。
そんな感じで、ここ最近は、というかもうずっと、ゆる〜〜〜く、付き合っていた感じではあったのですが・・・
オリンピックをきっかけに、突如襲った、この小山田降ろし。
問題とされたもの(インタビュー記事)が当時私が必死で追いかけていた時期のものだったからなのか、
(なぜだろう、)とても他人事とは思えず、いつの間にか自分もそのキャンセルの渦の中にいるような
何をしていても、なんだかどんよりとした空気が自分にまとわりついているような・・・そんな辛い夏となっていたのです。



NHKホールだったか、渋谷公会堂だったか・・・最初のツアーで買ったのだと思う©Tシャツ。
そのライブ、最前列だったの!なぜか。(自慢です。笑)



自分が好きなもの、大切にしているもの、そしてその想い出たち・・・それが、全然関係ない人たち、これまでまったく興味も持っていなかった人たち(小山田ってだれ?知らないけど、とか、コーネリアスから脱退させろ!、とか言う人たち)に
どんどん否定されて言葉の暴力とも思える汚い言葉や怖い言葉で追いやられてしまう・・・本当に恐怖でしかありませんでした。
なにより恐ろしいと思ったのが、7月16日付けの謝罪文には「事実と異なる内容も多く記載されておりますが」とあるのに
その言葉は無視され、まず問題となった原典にあたらず、本人や雑誌社にも取材せず、
なんと!元になったインタビュー記事を悪意をもって切り貼りした個人のブログを情報源として報道されたこと。
そして、その報道を根拠に有識者とか専門家と言われる人とか、政治家とか、タレントとか、はたまたユーチュバーとかいろんな人が
極悪人小山田、犯罪ともいえるいじめ行為を行っていた小山田、という前提でコメントをしてそれを拡散させたこと。
もう、そうなったら抗議の声は収まらず、結局19日にオリンピック開会式の制作チームから辞退することが発表されたのです。
この短期間でのなんとも言えない、いわゆる炎上状態。
・・・もはやこれ、現実?って感じ。言葉の通じない世界みたいでした。
当日まであと1週間というタイミングで無責任に「じゃぁ辞退します」なんて本人から言えると思います?
・・・それを、その紙切れ一枚の定型文のような謝罪だけで済まそうと思っているのか!(辞任しないなんて)金がそんなに欲しいのか!上級国民が!など、あらゆる怒りの声。
(あの謝罪文、本人が丁寧に伝わるように書いたものだって、普通に読めばわかると思いますが。涙)
(それも、その謝罪文をHPだけでなくインスタグラムやツイッターに掲載したら、ツイッターで謝罪なんて舐めてる!みたいな。いやいや・・・ツイッターに謝罪をつぶやいたわけではありませんから。)
(最終的にわかったことですが、あの時点では契約書も交わされておらず、ギャラも受け取っていませんでしたね。)
何をやってもケチつけられ、怒られ、責められる・・・・・・
ほんと、そんなことってあります?日本、だいじょうぶ?って。
もうテレビもネットニュースってほんと、信用できないんだなって強く思いました。
まずもって、ニュースとして取り上げるときに原典にあたらないとかありえないと思うし、コメンテーターとしてただ個人の感想をいう人(タレント?)もなんなの。自分で調べもせず、そこで流れた情報に対して(その発言がテレビで流れた先の影響も考えずに)ただ感想をいうだけってなに。
(しかもパラリンピック開会式は混乱を避けて制作チームの事前発表はしない、って。それには誰も声を上げない、という・・・はぁ・・・。)



94年当時、私、「ロッキンオンジャパン」はリアルタイムで読んでいました。
それはとてもとても衝撃的な内容のものでしたが、他のインタビューや彼の音楽を聴いていれば
それは本当のことではない、盛っちゃった話でしょ?というのがわかるし!というのが私の当時の感想で、
確か、(当時パートナーだった)カヒミカリィがラジオで確か「あれは嘘だよ、本当はとってもやさしい人なんです。うふふ♡」みたいな感じで言及していてそれを聞いて、そうだよね〜。と安心したのだったと思います。
90年代はそれで話は終わっていたのに・・・いまは2021年。
当時はごく一部の音楽ファンに、その他の情報も合わせて消化されていたものが、
27年の間にネットが交流ツールとして一般的となり、
2ちゃんねるや個人ブログにその記事の中でも過激な内容だけを切り貼りした内容をアップされ、それを誰もがみられるようになり・・・いつのまにか極悪人の小山田くんが仕立てられ。
そんな極悪人小山田がいるということを信じている人がいる世の中に。涙
そして、このキャンセルカルチャーにつながった、と。(いうのが私の認識です)

本当にこの一連の騒動は複雑で
・27年前の音楽雑誌(ロッキンオンジャパン)に、学生時代に周囲で起こった印象的なことを話したものを本人がやったこととして掲載された(その時点で訂正しなかった)
・そのロッキンオンジャパンを読んだ記者が「いじめ」をテーマに企画しインタビューした記事が、記者の意図が正確に反映されない形でカルチャー雑誌(クイックジャパン)に掲載された
・それらの記事を元に、悪意のある切り貼りをした2ちゃんねるや個人ブログで極悪人小山田像が創られインターネット上で拡散された
・それがオリンピック・パラリンピック反対派の人たちにネタとして使われた
・インターネット上にあった悪意のある切り取りをした個人ブログを原典として報道がなされた
・Page Viewを稼ぎたいだけの人たちに利用され、残虐性×記事数で拡散された
・いわゆる「世間の声」に影響を受けてレコード会社やテレビ制作の人たちが小山田くんをキャンセルした
・出発地点から現在まで27年もの時間が経過し、時代背景が大幅に変化した。(のに、大多数の人が現代の常識に照らし合わせて取り扱った。)
・問題となったのが「いじめ」という複雑なトピックで、「子ども同士のおふざけ」「からかい」や「傍観者」、ということも「いじめ」になる、ならない、など、第三者が決められない、白か黒かで明確に示せないもの
・コロナ禍で人々のストレスや鬱々とした気分が充満していた
などなど。それらが複雑に絡み合って、とても大きな波になったのだと思っています。




やっと(というのはオリ・パラが終わらないと動けないだろうと思っていたし、実際そうだったようなので)オリンピック・パラリンピックが終わって、
9月16日週刊文春での本人へのインタビューによって事実がわかり、
同日、問題となった雑誌のうち「クイックジャパン」を発行している太田出版のHPにおいて
当時のインタビューを執筆した編集者からその企画の意図や反省が伝えられました。

そして、17日に小山田くん本人からの【いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明】がコーネリアスのHP、インスタグラム、ツイッターに掲載されました。
これは、もう、もう、本人からのお手紙だと思いました。
本当に真摯に本心を、かっこ悪いところもさらけ出して、精一杯の言葉で説明してくれたと思います。
(クイックジャパンにおいて沢田くんとされている)彼に対して「友人という言い方以外は難しいというのが正直な気持ちです。」というところは、はっきりときっぱりとそう言ってくれて嬉しかったし、
きっと小山田くんもやっと言えた、という感じだったのではないでしょうか。
この夏、私の身体にまとわりついていたもの、ずっしりと気分を重くさせていたものがすーっと解けて
霧が晴れるように目の前が明るくなりました。
もっといえば、27年前あのインタビューを読んだ時から、
「そんなわけないよね!」と信じながらも本人から説明はなかったので・・・やっと「だよね!信じてたよ!」って。27年越しに!笑
これで、この辛かった私の2021年の夏が終わった・・・という感じ。
小山田くんにとってもこの27年に及ぶあのインタビュー記事、そして悪意のあるネットによって作り出されたニセモノの小山田の呪縛から解放されていたらいいな、と思います。
フリッパーズギターの『ドルフィンソング』という曲に
「ほんとのこと知りたいだけなのに 夏休みはもう終わり」という歌詞がありますが
ほんと、そんな感じで8月を終えましたが
ほんとのことが知れた夏になってホッとしました。ほんとに、ほんとに!



インタビュー記事が掲載された週刊文春。
(文春、はじめて買ったよ。笑)



この夏の出来事は私のような、いちファン(しかも今はライトな)にもこれだけの影響があったので
ご本人やご家族、関係者の方々はどれだけ大変だったか・・・いや、いまも大変な状況にあると思います。
これで、この件は片付いた、はい次!とはいかないでしょうし、
体調や精神面も心配。(文春の記事には7kg痩せたと書いてありました)
音楽活動を再開する活力や気力みたいなものがまた湧き出てくるまでは時間が必要かもしれません。
殺害予告や家族への誹謗中傷、仕事仲間への思いなどを考えたら
それはそれはどれだけのダメージを受けているか。涙

「デザインあ」については、終わってしまうの?
(NHKは休止を継続、と発表したので(終了は決めかねてる?)少しは希望をもってもいいのかな)
小山田くんの文章が「デザインあ」に関しては過去形だったので、このまま終わってしまうのではないかと不安に思っています。
あの番組がこのまま終わってしまったら、小山田くんの過去がやっぱり問題だということになり、
そういった意図で国民に伝わり、そしてそれが事実になってしまう。事実じゃないのに。これだけ丁寧な説明をしているのに!
新しい作品を作るまでに時間がかかるのなら、これまでの再放送でいいじゃないですか。
小山田くんが戻ってくる場所を残しておいて欲しい。そして、休止にしてしまったことが誤りだったと(復活させることで)国民に伝えて欲しいです。
あるいは小山田くんが続けたい気持ちになれないのであれば、どうして休止にしたのか(その判断は正しかったのか)、
またどうして終了したのかNHKから説明して欲しいです。

文春のインタビューの最後に
「音楽をずっとやってきたので、音楽を続けたいという意思はあります。けれども、自分の作品をすぐ作れる心境には、今はまだありません」とありました。
でも、お手紙にもあったように、小山田くんは音楽家!きっとかっこいいもの、また作っちゃうのだろうと思います。
オリンピック開会式、一か月前に依頼されたものを自分で協力できるなら・・・と引き受けてしまう、いい人すぎる小山田くん。
ファンが待ってる!のだから、きっとそのファンの気持ちを受けとめちゃうんじゃないかな。笑
また小山田くんの作る音楽を楽しめる日が来るのを待ちたいと思います。




この2ヶ月の間、夜、家族が寝静まってから、一人で小山田くんの音楽を聴いていると
「もう新しい作品を聴けなくなってしまうかも・・・」と悲しくなり、
2021年夏にこんなことになるなんて知る由もない、小山田くんのあま〜く可愛い歌声を聴くと自然と涙があふれてくる私でした。
(本当に本当にあの歌声はステキだと思う。大好き)
結局、その問題のインタビューを受けた頃の1st、2ndアルバムは渦中には聴けなくて、小山田くんからお手紙が発表されてホッとしてからやっと聴くことができたのですが。

あと、私が活動を積極的に追っていなかったころのインタビュー記事などを
この機会に遡って読んだりもしたのですが、お手紙にもあったように、本当にすごい変化(成長)していて
音楽の変化はもちろん感じていましたが、それとすごくリンクしていてますます人としてもファンになりました。
なんか、どのインタビューにも「息子が・・・」ってマイロくんの話やエピソードが出てくるのも、いい。・・・親としてあたりまえに生活しているのが垣間みえて、お手紙のなかにもあったように、親になって子どもを育てていく中で自分も成長したっていうのは、ほんと、共感するな。



それにしても、小山田くんって私より5歳年上なのですが
いま私も40代になり、そんなに年齢差を感じないですけど、笑
10代の私には20代の小山田くんってとても大人だと思っていました。
でも、いま思えば20代前半なんて、まだ子どもですよ。それであれだけの作品をつくり、レーベル(トラットリア)を引っ張っていたのだからすごい。
(雑誌に書いてあることが事実と違うならその時に訂正させていたはず。それをしなかったのだから本当のことなんだ!と怒っている声をたくさん目にしたのですが、多分、そういった「代表」的な立場であったゆえに他への影響を考えると、問題となった記事の訂正を当時求めたり抗議したりできなかったのではないか、と思っています。)
もっと言えば、フリッパーズ解散の尻拭いから・・・社会経験の浅い、大人になりきれない年齢で大きな責任のある仕事をしなければならない、とてもチグハグな感じだったのではないかな。
そんでもって、久しぶりにその当時の写真を改めてみると、幼い!可愛い!!笑

そして、ほっとして穏やかな気分で久しぶりに聞く1st、2ndアルバム、めっちゃかっこよかった。笑
(まぁ、当時の青春時代のおセンチな感情も合わせて聴いてしまう、というところもあるとは思いますが)
小山田くんのお手紙には当時の作品への自信のなさ、のようなことが書かれていましたので、当時のアルバムを創る過程において内に秘めた葛藤みたいなのもあったのか、と今更ながら思うのですが、聴いている方からしたら単純に本当にすごい好き。笑
そして、その人間らしいところも感じながら聴くとさらに揺さぶられるというか。
なんか、この騒動の渦中に作品と人格は別、作品は作品だ!、小山田がサイコパスでも作品がいいから作品は聴く、みたいな声も出ていたかと思うのですが
私個人的には、音楽も、他のものであっても、そもそも作った人を信頼できるか、みたいなのがベースにあるなと思います。それは人それぞれだろうけどね。



なーんか、ずっとモヤっとしていたので
とりあえずあたまの中整理したかったのと、吐き出したくてBlogに書いてみました。
私から見てわかってないと思う人に理解して欲しい、とかじゃなくて
あくまで私の認識は、ってことです。

最初のセンセーショナルな見出しに踊らされて「小山田サイコパス!」「小山田許すまじ!」となった人って、あれから情報が更新されても、もはや正しく情報を受け取れなくなっちゃってるみたいで・・・そういう人たちと話すつもりもないし。わかって欲しいとも思っていません。ただ、もう、もとからコーネリアスに興味なかったんだから「ふさわしくない!」と怒っていたオリンピック・パラリンピック関連からも降りたんだし、そっとしておいてください、とだけ・・・。





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ところで、問題となったオリンピック開会式にはカヒミカリィのご主人、タップダンサーの熊谷和徳さんが出演されていました。
(みたくなかったけど、その日は義実家にいたのでテレビのチャンネル権は私にはなくぼーっとみていた。笑)
元カレが辞退し、夫が出演するというのはどういう感じなのだろう、と思ってしまったゲスなわたくし・・・笑
カヒミカリィはインスタグラムで小山田くんのお手紙(お詫びと経緯説明)にも♡(いいね)をつけていたし、corneliusのタグをつけてロジャーニコルス& ザ スモールサークルオブフレンズの『With a Little Help From My Friends』をあげていました。
きっと、いまはとても良い、友人関係になっているのかな。そういうのって小山田くんだからなんじゃないかな、って。
ほんと素敵な人なんだと思います。(ただのファンの妄想とか言われそう。笑)



私もこれ、聴こう。




なんか、当たり前にロジャーニコルス&ザ サークルオブフレンズのCDも持ってるし(ケースが黄ばんでいた。笑)、
わたしがここで使っている名前anaはアナトレントからとったもので、カヒミカリィがカバーした「カラスの飼育」で知ったのです。
このBlogにつけた「From Monday to Sunday」はニックヘイワードのアルバムからいただいたもの・・・全部小山田くんとつながる。
多感なころに影響を受けたもの、ずーっと私のなかにあるんだなァ。





あー、すんごく長くなっちゃった。これ、ぜんぶ読んでくれる人いるのだろうか。笑
まぁじつは、誰にも読んでほしくないというのもある。
ただ、あたまの中整理するためだけの・・・ただの吐き出しです。スミマセん!
うん、おわりー。